「風間ゆたか」ホームページ > 4度目の3.11を迎えて
2015年3月11日

3月11日になり、誰もが4年前の出来事を思い出しているかと思います。

 

風間は4年前大地震発生時、区内のご夫人宅を訪れていましたが

その方と先日お会いしてご挨拶をすると、

「もうすぐ3月11日ね。あの時一緒にいてくれたからどんなに心強かったか。」

というお言葉を頂きました。

 

誰もが人と人の支え合いの大切さを感じた日だったと思います。

 

4年前も現在もこの時期は議会の会期中で選挙間近としう状況ですが、

4年前は議会最終日を終えた後に、被災地石巻に向かって車を飛ばしました。
災害支援を強みとするNPOの仲間達が既に拠点を作っていたので、

翌朝より復旧ボランティア活動に参加することができたのです。

 

まだ、水も電気も通らず、海水も退いていない地域もある状況下、

たくさんの人たちが不安を抱えたまま避難所生活をしていたので、

汚泥の搔き出しや炊き出しなどに取組みました。

 

合間に連絡が誰とも取れないまま自宅の2階に取り残されたまま

寒さと空腹に耐えて生き延びた方のお話を伺うこともでき、

このタイミングでこの現場に来なければ想像すらできないことだと感じたのを

今でも鮮明に覚えています。

 

仲間と共に廃墟となってしまった施設にて

(許可を得て)寝袋で睡眠を取りましたが、

帰宅後、家族に会って、ベッドに入り

「政治の原点はこの平穏な幸せを守ることなので」

と実感し、その決意を持って選挙に挑みました。

 

選挙後も、被災地には十数回足を運び、

家を流されてしまった子ども達に新しい靴をプレゼントする

「シンデレラプロジェクト」で靴を届けにいったり(写真)、

子ども達の心のケアとなる授業も学校で行なってきました。

 

この時にやり取りした現地の行政の方々からは

「自助共助公助だけでなくN助が実はとても重要だ」

というお話を伺いました。

 

N助?

 

自助共助公助には限界があったので、

NPOやNGOなどの助けはとても大きかった

とのことでした。

 

この話を参考に風間は世田谷区議会で

災害対策としてN助を考えるべきだと提言をし、

世田谷区ではNPO防災アクションというネットワークも確立されています。

 

世田谷区議会は今日も終日予算特別委員会が開かれ、

途中全員で黙祷を捧げました。

 

4年前の震災でお亡くなりになった方々のご冥福をお祈りしつつ、

改めて政治に取組む原点に立ち戻りました。

 

みなさんはどんな311を過ごしましたか?